論文

公開件数: 33 件
No. 掲載種別 単著・共著区分 タイトル 著者 誌名 出版者 巻号頁 出版日 ISSN DOI URL 概要
1 研究論文(大学,研究機関紀要)
共著
新旧小中学校学習指導要領国語科に関する記述内容の特色と教材化研究―教科教育と教科専門の融合的授業構築にむけて ―
昌子佳広・鈴木一史・宮﨑尚子・川嶋秀之・増子和男・齋木久美
「茨城大学教育学部紀要」
茨城大学教育学部
67, 6-9
2018/01/30



「物語・文学教材の視点による教材文責と教材開発」について近代文学作品をアクティブ・ラーニングで展開する方法について単独で論じた。宮沢賢治の「やまなし」を例に取り、語彙を増やすためにはPBLを調べ学習として並行して取り入れることが可能であると述べた。また、小学校の時に宮沢賢治の周辺について知ることで、語句の持つイメージが膨らみ、中学で学ぶ「永訣の朝」の解釈にもつながることを述べた。
2 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
石丸梧平主宰の家庭雑誌「団欒」に関する調査⑥
宮﨑尚子
尚絅大学研究紀要
尚絅大学尚絅大学短期大学部
49, 1-7
2017/03/31




3 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
川端康成と藤波大超
宮﨑尚子
尚絅語文
尚絅大学文化言語学部
6
2017/03/13




4 研究論文(大学,研究機関紀要)

教員養成におけるICT機器活用の指導について(1)「新しい教育メディア」としての電子黒板の活用例とその意義・課題 (尚絅大学設立40周年記念号)
稲葉 浩一, 宮崎 尚子
尚絅大学研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
48, 85-92
2016
2187-5235

URL
「知識基盤型社会」と呼ばれる現代において,学校教育におけるICT機器を用いた授業の必要性は急速に高まっている。そこで本稿では筆者らが授業内外で行っている教員養成のための電子黒板の使用法の指導例を紹介しつつ,その意義と課題について考察する。
5 研究論文(大学,研究機関紀要)
共著
教員養成におけるICT機器活用の指導について(2)「国語科教育法」における電子黒板を活用した授業の指導例 (尚絅大学設立40周年記念号)
宮﨑 尚子, 稲葉 浩一
尚絅大学研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
48, 93-99
2016
2187-5235

URL
本学の「教育実践研究」と「国語科教育法II」「国語科教育法IV」で指導した電子黒板の使用例を報告している。本稿では古文と漢文の例を紹介している。紙媒体の資料と比べて動画を活用した時にその効果が見られた。
6 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
石丸梧平主宰の家庭雑誌「団欒」に関する調査(5) (尚絅大学設立40周年記念号)
宮﨑 尚子
尚絅大学研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
48, 13-31
2016
2187-5235

URL
現物が確認できなかった大正初期の雑誌「団欒」を十六冊発見したとして,それらの目次を「石丸梧平主宰の家庭雑誌『団欒』に関する調査 1」「石丸梧平主宰の家庭雑誌『団欒』に関する調査 2」「石丸梧平主宰の家庭雑誌『団欒』に関する調査 4」において紹介した。今回は,その『団欒』の中でも,大正五年七月号「美と表情号」の「日本美術家録(関西之部)」と,大正四年七月号口絵について紹介する。
7 研究論文(研究会,シンポジウム資料等)
単著
小泉八雲と川端康成が心酔した松江の人~英語教師「倉崎仁一郎」の存在~
宮﨑尚子
石仏ーくまもとハーン通信
熊本八雲会
23, 17-18
2016/04/01




8 研究論文(学術雑誌)
単著
川端康成と『易経』-大阪府立茨木中学校の校歌と校章の由来を中心に―
宮﨑尚子
尚絅語文
尚絅大学文化言語学部
5, 23-31
2016/03/15



川端康成は大阪府立茨木中学校であるが、そこの校歌と校章には『易経』の影響が色濃く出ている。そこから日常的に帝王教育が意識されていたことを紹介した。この五年間の教育を受けた川端康成は後に「万物一如」の思想に傾倒していくことになる。その発露が中学時代の教育にあったと指摘した。
9 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
石丸梧平主宰の家庭雑誌「団欒」に関する調査(4)
宮﨑 尚子
尚絅大学研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
47, 15-24
2015
2187-5235

URL
現物が確認できなかった大正初期の雑誌「団欒」を十六冊発見したとして,それらの目次を「石丸梧平主宰の家庭雑誌『団欒』に関する調査 1」「石丸梧平主宰の家庭雑誌『団欒』に関する調査 2」において紹介した。今回新たに「団欒」の大正八年三月号を発見したので紹介する。抜粋するのは目次と主宰石丸梧平の「新礼義作法論」と,吉岡弥生の「生活と生産力」である。
10 研究論文(学術雑誌)
単著
作文の成績53点だった川端康成少年が、美の視点を獲得するまで
宮﨑尚子
尚絅語文
尚絅大学文化言語学部
4, 36-41
2015/03/31



平成27年1月6日、「山陰中央新報」に掲載された文章に注釈を加えたもの。大阪府立茨木中学校の校長、英語教師、国語教師など、川端康成に関わった人物のその後を詳細に解説している。その中で、中学校時代の川端康成の作文の評価は低かったが、「団欒」という雑誌に掲載されたことにより主題を書くことを知り、人に評価される文章の方法を獲得したということを指摘した。
11 研究論文(大学,研究機関紀要)
共著
教職に関する科目「教育方法論」と「教科教育法」の連携と接続をめぐる改善の試み : 「国語科教育法」における実践的指導力の形成を軸として
天野 かおり, 志々田 まなみ, 宮﨑 尚子
尚絅大学研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
46, 1-14
2014
2187-5235

URL
2012(平成24)年8月の中央教育審議会答申「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」をふまえ,「学部における教員養成の充実」という観点から,教職課程にはいっそうの改善が求められている。本論文では,「教職に関する科目」である「教育方法論」と「教科教育法」の連携と接続をめぐる改善の試みについて,実践的指導力の形成という視点から考察を行っている。
12 研究論文(大学,研究機関紀要)

尚絅大学図書館所蔵の家庭雑誌「団欒」の義理人情号(大正七年三月号)における平塚雷鳥と与謝野晶子の義理人情観
宮﨑 尚子
尚絅語文
尚絅大学
3, 31-38
2014
2187-5952

URL
大正七年三月に発表された「団欒」の「義理人情号」における与謝野晶子と平塚雷鳥の新義理人情観について解説した。この大正七年はちょうど母性保護論争が勃発する時期で、それぞれの主張の共通する点と相違する点について言及した。雷鳥は新しい人には義理は不要であると主張し、晶子は新しい義理人情を模索するべきであると主張した。他の論者達との明らかな二人の違いは「新しい」という視点で義理人情を捉えた点である。
13 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
石丸梧平主宰の家庭雑誌「団欒」に関する調査(3)
宮﨑 尚子
尚絅大学研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
46, 1-14
2014
2187-5235

URL
現物が確認できなかった大正初期の雑誌「団欒」を十六冊発見したとして、それらの目次を「石丸梧平主宰の家庭雑誌『団欒』に関する調査1」「石丸梧平主宰の家庭雑誌『団欒』に関する調査2」において紹介した。今回は全集未収録のものを含めた著名人に関係する箇所を抜粋して紹介する。その著名人とは若山牧水、齋藤茂吉、小川未明、佐々木信綱、与謝野晶子、島村抱月、折口信夫(釈迢空)、平塚らいてう、棚橋絢子、鳩山春子、岩野泡鳴である。
14 研究論文(学術雑誌)
単著
日記のモデルと上級へのステップ指導―川端康成中学校時代の日記―(書くねらい・場面に即した基礎基本の指導 初級→上級へのステップ指導ヒント)
宮﨑尚子
教育科学/国語教育
明治図書
56/ 9, 36-37
2014/09/01



「“書く力・書ける実感”引き出す言葉道場」という特集の中の「書くねらい・場面に即した基礎基本の指導 初級→上級へのステップ指導ヒント」の日記を担当した。川端康成が旧制中学時代に受けた日記指導を例にとり、文学的な文章育成に日記と短歌指導が関わっていることと、将来的に「十六歳の日記」という小説に発展したことを紹介した。
15
単著
川端康成と小泉八雲をつなぐ松江の人々―『西田千太郎日記』における倉崎仁一郎
宮﨑尚子
川端文学への視界
川端康成学会
29, 103-115
2014/06/22



川端康成の恩師倉崎仁一郎に関する調査。川端康成の「生徒の肩に柩をのせて」「倉木先生の葬式」「師の棺を肩に」は恩師の葬儀を素材にしている。その恩師である倉崎仁一郎は松江中学の出身である。同窓会の協力を得た調査で倉崎仁一郎の兄弟の子孫から、倉崎金之助・仁一郎兄弟が小泉八雲とも交流があったという証言が得られた。小泉八雲と懇意にしていた西田千太郎の日記にはこの倉崎仁一郎に関する記述が十数回に渡り見られた。
16 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
遠藤周作「日本の聖女」に見る切支丹の道 : 日本的な美意識を中心に (尚絅学園創立百二十五周年記念号)
宮﨑 尚子
尚絅語文
尚絅大学
2, 30-37
2013
2187-5952

URL
細川ガラシャは貞女、聖女というイメージがあり、西洋でも殉教した「気丈な貴婦人」として捉えられた。遠藤はそこに切支丹の教えとは違う考え方をするガラシャを描いた。卑怯者と言われ続けても耐え続ける本来の切支丹的な生き方は否定され、恥よりも死を選ぶ日本的な美意識が見て取れる。遠藤のガラシャには、夫に愛人に苦悩する遠藤の母の姿が投影されており、ひたすら信仰に生きる頑なさへの懐疑や同情が浮き彫りにされている。
17 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
石丸梧平主宰の家庭雑誌「団欒」に関する調査(2) (尚絅学園創立百二十五周年記念号)
宮﨑 尚子
尚絅大学研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
45, 13-32
2013
2187-5235

URL
現物が確認できなかった大正初期の雑誌「団欒」を十三冊発見したとして、前回そのうちの九冊の目次を紹介した。今回は残りの四冊に加え、新たに発見した三冊を加えた七冊を紹介する。「1.第四年十月号、2.第五年正月号、3.第五年二月号、4.第五年第五週年紀念号、5.第二巻第四号九月号、6.第四年紀念特別号「芝居と小説号」、7.第五年四月号」折口信夫、有島生馬などの名も掲載されている。主宰の石丸梧平の家族写真も掲載している。
18 (MISC)研究発表要旨(全国大会,その他学術会議)

金子薫園『日記文練習法』が提唱する生きた事実の活写法―大阪府立茨木中学校時代の川端康成への影響を中心に―
宮﨑尚子
国語科教育研究
全国大学国語教育学会要旨集
125, 263-266
2013/10/26



川端康成が茨木中学校において受けた日記指導の他に作歌法の指導があったことを指摘した。金子薫園『日記文練習法』が提唱する活きた事実の活写法は当時流行していた綴り方教育と共通していた。『日記文練習法』は『作歌新辞典』と共に当時茨木生の間で読まれており、事実の把握方法や文章化の細かい指導がされていた。人に伝える内容をコンデンスし何度も推敲するという方法は、日記と云う反復性があったからこそ有効に機能した。
19 研究論文(学術雑誌)

月花の歌人・安永蕗子
宮﨑尚子
方位
熊本近代文学会

2013/06/30



熊本市名誉市民であり宮中歌会始選者・召人であった安永蕗子と各歌集の解説をした。熊本歌壇の基礎を築いた父信一郎、母春子、妹永畑道子との関わり、肺結核からの生還を軸にして短歌の特徴を論じた。「北方指向」「述志」が初期の作品には見られる。「生地は聖地」と公言し自然豊かな熊本を対象にして述志を歌いあげた。絶望の底にいた若き日に天窓から見た空や自然を詠む短歌という白き羽を得た安永は芸術という大空に飛翔した。
20 研究論文(学術雑誌)

大阪府立茨木中学校における五箇年の教育の実態―「生徒の肩に柩をのせて」と「十六歳の日記」への影響を中心に
宮﨑尚子
川端文学への視界
川端康成学会
28, 84-101
2013/06/10



川端の中学時代の作文の点数は年々低下していた。作文の課題提出は怠りがちで、出しても冗漫な文章だった。金子薫園「日記文練習法」の推奨している内容と「十六歳の日記」の構成が類似していることが認められる。英語の担当教諭であった倉崎仁一郎先生への好意が高じて、入学当初と変わらぬ高得点を維持していたのは英語だけであった。この先生の死への描写は秀逸で「団欒」掲載に至る。この自信が作家への道をひらくこととなる。
21 研究論文(学術雑誌)

川端康成「生徒の肩に柩をのせて」について
宮﨑尚子
川端文学への視界
川端康成学会
27, 141-149
2012/06/10



「川端康成『生徒の肩に柩を載せて 葬式の日、通夜の印象』(石丸梧平主宰「団欒」掲載)」の解説。恩師が松江中学の出身であることを突き止め、死の直前の家族の動向について解説した。同窓会報の追悼号に多数の生徒の原稿が寄せられたが、その中に川端の文章は無い。国語の教員であった満井成吉教諭が石丸梧平に川端の文章を送った事で、雑誌に掲載された。
22 (MISC)研究発表要旨(全国大会,その他学術会議)

文学性を育んだ5箇年の日記指導―大正期の大阪府立茨木中学校の例―
宮﨑尚子
国語科教育研究
全国大学国語教育学会要旨集
122, 137-140
2012/05/26



大正初期の大阪府立茨木中学校は、川端康成(作家)や小方又星(詩人)や大宅壮一(ジャーナリスト)など、錚々たる人物を輩出した。その時期修身の一環で「生徒日誌」という指導が五年間継続して行われてきた。同時に金子薫園(歌人)の「日記文練習法」・「作歌新辞典」も読まれてきた。「日記文練習法」には川端康成「十六歳の日記」に直接影響を与えた個所が出ており作品誕生の大きな契機になった指導が行われたと指摘した。
23 研究論文(大学,研究機関紀要)
単著
石丸梧平主宰の家庭雑誌「団欒」に関する調査(1)
宮﨑 尚子
尚絅学園研究紀要. A, 人文・社会科学編
尚絅大学
0/ 6, 25-48
2012/03
1881-6290

URL
小説家でもあり評論家でもあった石丸梧平主宰の雑誌「団欒」を十三冊を発見した。このうち紙幅の都合上、(1)第十二号「生活と食物号」(大正五年五月一日発行)、(2)第二巻第一号「文芸号」(大正五年六月一日発行)、(3)第二巻第二号「美と表情号」(大正五年七月一日発行)、(4)第三巻第一号新年号(大正六年一月一日発行)、(5)第四年第一巻新年号(大正七年一月一日発行)、(6)第四年二月号(大正七年二月一月発行)、(7)第四年三月号「義理人情号」(大正七年三月一日発行)、(8)第四年四月号〈再版〉(大正七年四月一日発行)、(9)第四年七月号(大正七年七月一日発行)の九冊の目次を紹介する。与謝野晶子、平塚明子(雷鳥)、若山牧水、島村抱月、釈超空など著名人の投稿も見られる。
24 研究論文(学術雑誌)
単著
川端康成「生徒の肩に柩をのせて」注釈
宮﨑尚子
方位
熊本近代文学研究会
29, 68-78
2012/03/31



川端康成が茨木中学校五年生の時に雑誌「団欒」に掲載された「生徒の肩に柩をのせて」に注釈をつけた。同窓会報の「故倉崎仁一郎先生追悼号」(大正七年)から倉崎先生の葬儀の詳細、遺族や生徒達の名前、五学年級会の決議(葬式の労役を全て担う。)、茨木別院(葬儀場)と本源寺(供養寺)の件、雑誌掲載された経緯を解説している。追悼号に掲載された十名の生徒は作文の点数が九十点以上であった。(川端は五十三点であった。)
25 研究論文(学術雑誌)
単著
新資料紹介川端康成「生徒の肩に柩を戴せて 葬式の日、通夜の印象」(石丸梧平主宰「団欒」掲載)
宮﨑 尚子
国語国文学研究
熊本大学
0/ 47, 81-88
2012/02
0389-8601

URL
川端康成の「生徒の肩に枢を戴せて 葬式の日、通夜の印象」を発見したので新資料として紹介する。
26 (MISC)研究発表要旨(全国大会,その他学術会議)
単著
国語教育と川端康成―茨木中学校時代の国語教育を中心に―
宮﨑尚子
「国語科教育研究」
全国大学国語教育学会要旨集
121, 131-134
2011/10/29



川端康成が茨木中学校に在学していた当時の使用教科書を今回の調査で突き止めることが出来た。(藤岡作太郎「新体国語教本」明治45年)それによると当時の流行の文学者の文章ではなく、偉人伝や教訓的な話が多かった。更に当時の成績と欠席数などから、川端の国語に対する関心が薄れていたことを指摘し、それに代わる読書の有効性を説明した。川端の中学生時代の日記などを参考にしながら、どのような生徒であったのかも検証した。
27 研究論文(研究会,シンポジウム資料等)
共著
「授業で」「クラスで」多面的な新聞利用
増井洋介、宮﨑尚子、坂口久美、渡邊真一郎
教育に新聞をNIE実践報告書
熊本NIE推進協議会
20年度, 70-75
2009/07/31



新聞を活用した読解力の向上、知識の蓄積、判断力の育成など総合的な学力向上の為に、思考力の育成と日本的情緒の涵養を図った。毎日日直が自分の関心のあるニュースを要約し、それに感想と見解を書かせて綴じて閲覧可能にした。大きなニュースから市井の人の営みまで対象は幅広く、結果的に小論文を書く時の情報収集につながった。自分の関心のある分野がそのまま進路になる生徒もおり、各自の進路意識も高めることに一役買った。
28 研究論文(研究会,シンポジウム資料等)
共著
紙上の「ひと」それを通して見える自分 紙上の「いま」それを通して見える明日
増井洋介、宮﨑尚子、坂口久美、渡邊真一郎
教育に新聞をNIE実践報告書
熊本NIE推進協議会
19年度, 58-63
2007/07/31



経済協力開発機構の学習到達度調査によると日本の学力、特に「読解力」の低下が著しいと言う。そこで担当クラスで毎日日直に新聞の記事を要約させて次の効果を確認した。①記事を集めることで情報収集能力を向上させる。②記事をもとに「新聞検定」という問題作成することで、自分の視点を確立させる。③記事の要約を通して現在の自分自身の関心を把握させる。④班ごとでミニ新聞を作る事で、コミュニケーション能力を向上させる。
29 研究論文(学術雑誌)
単著
川端康成「片腕」論
宮﨑尚子
方位
熊本近代文学研究会
25, 195-209
2007/03/31



「片腕には随所に聖書や仏典の引用がある。これらの持つ意味を考察した。聖書よりも仏典の影響がみられる。没我の境地へといざなう存在が手である。かつて『古事記』に登場したイザナミは「誘う女」と言われた。観賞の対象としての女を、男は最終的に拒絶している。美を求めながら一体化したいと望みながら自ら拒否してしまう男は魔界の住人である。全てを犠牲にした美的世界に生きる没我の境地を寓意的に描いた。
30 研究論文(学術雑誌)
単著
川端康成「住吉」試論--通底する「かなし」
宮﨑 尚子
国語国文学研究
熊本大学
37, 101-112
2002/02/23
03898601

URL
「住吉」では、継母の辛さを登場人物が琴で表現している。「宗教より文芸時代へ。」という言葉には、宗教の担ってきた心のよりどころを文学が引き受けようという川端の意志が感じられる。鉦で死者を悼むより、琴で奏でる方が昇華される。大師の「わがいのちかなしと聞きてよろこべる人はさながら仏とぞなる」という和歌の「かなし」は本来「ながし」である。人生の「かなし」を琴の音として昇華する事で人は救われると位置付けた。
31 研究論文(学術雑誌)
単著
川端康成「波千鳥」論 : 表題の考察を中心に
宮﨑尚子
Comparatio
九州大学大学院比較社会文化学府比較文化研究会
5, 149-155
2001/03/20
13474286

URL
Namichidori was written as a continuation of "Senbadzuru" but is unfinished. However, "Harunome" and "Tsumanoomohi" should also be read in addition to "Namichidori", as a series of works. Since the works' titles are of great relevance to their contents, this essay primarily considers the meaning of the title "Namichidori" in relation to the relationship between Kikuji and Yukiko. Consequently, it is possible to define Namichidori as being on opportunity which opens a perspective on the past, once in a while. It overlaps with Yukiko. She heals Kikuji with her warmth but in that way she simultaneously makes Kikuji remember the past, which is why Kikuji can not enter a sexual relationship with her. In "Senbadzuru" Kikuji was described as being absorbed in his sexual desire. By contrast, his delicate sensibility is developed in "Namichidori".
32 研究論文(学術雑誌)
単著
川端康成「十六歳の日記」論
宮﨑尚子
方位
熊本近代文学研究会
21, 24-39
2000/03/30



川端康成の美の表現方法の生成過程を考察した。作品の発表時期は新感覚派として世界を意識した文章を模索していた時期でもある。人生の現象に批評を加えるという構成には「新しい人生を、作品に具現化する」という点で岡田三郎のコントの影響がみられる。美の表現方法は祖父の排泄描写に見られる。視覚から聴覚への発想の転換が美を生み出した。ダダイストの「同時性」を断片的ではなく連続的に捉えた点に独自性があると指摘した。
33 学位論文(修士)
単著
川端康成研究-「十六歳の日記」を中心に―
宮﨑尚子
修士論文
熊本大学大学院

1997/03/31